この記事では俳優・野村周平さんの魅力的な家族構成とその歩んできた道のりについて詳しくご紹介します。
この記事を読み進めると、野村周平さんがどのような家族と共に成長し、どんな幼少期を過ごしたのか、また、家族との心温まるエピソードもたくさん盛り込まれています。
野村周平さんのバックグラウンドを知ることで、これまでとは違った視点で野村周平さんの魅力を感じることができるでしょう。
目次
野村周平の家族構成!父・母・兄の4人家族
野村周平の家族構成は「父親・母親・兄・本人」の4人です。
母親:中国人とのハーフで自由奔放な人
長男:プロスノーボーダーとして活躍し、現在は建設業?
次男:野村周平本人
また、野村周平さんの「祖父母」はどんな方なのでしょうか?
祖母:父方の祖母は孝子さんでお好み焼き屋、母方の祖母は中華料理店で働く
野村周平の生い立ちや学歴!スノーボーダーから芸能界へ転身!?
- 名前(本名):野村周平
- 生年月日:1993年11月14日
- 身長:175㎝
- 体重:52kg
- 血液型:AB型
- 出身地:兵庫県神戸市
- 学歴:神戸華僑幼稚園→神戸中華同文学校小学部→神戸中華同文学校中学部→神戸学院大学付属高等学校(偏差値51〜56)→堀越高等学校トレイトコース(偏差値38)
母が中国人とのハーフ、野村周平はクォーター!
野村周平さんは1993年11月14日生まれ、兵庫県神戸市で育ちました。
父親は日本人で母が中国人とのハーフでなので、野村周平さんはクォーターです。
母親が中国人とのハーフである為、クオーターである。
【引用元:HMV野村周平プロフィール】
実家は中華料理店とお好み焼き屋を経営しており、非常に暖かい家庭で育ちました。
そして1997年4月神戸華僑幼稚園へ入園しました。
幼少期から活発で、5歳からスノーボードを始め、野球や水泳にも取り組み、多才な子供として育ちました。
ストリートカルチャーとの出会いは5歳の頃、スノーボードを始めたことがきっかけです。
【引用元:FINEPLAY】
小学校〜中学校時代:中国語を学びながら中国文化に触れる!?
野村周平さんは2000年4月から神戸中華同文学校小学部に通い、中国語を学びながら多文化環境で育ち、スノーボードに熱中しています。
またスノーボードなどのスポーツ以外にも学業に励み、中国文化に触れることで広い視野を持つようになりました。
そして、2006年4月に神戸中華同文学校中学部に進学し、引き続き中国語の教育を受けながら多文化環境で成長しました。
この頃、プロのスノーボード選手を目指しており、中学時代には多くの大会で優勝を果たしました。
野村周平さんの才能は早くから認められ、多くの大会で好成績を収めることでスノーボード界で注目を浴びました。
スノーボーダーとしてプロを目指していた!?
野村周平さんは小学生時代からプロスノーボーダーの岡本圭司さんに師事し、数多くの大会で入賞を果たしました。
特に中学時代には、大会で上位入賞し、スノーボードの技術を磨いていました。
もともとは兄の影響でスノーボードをはじめたそうですが、めきめきと頭角を顕して中学時代は数々の大会で表彰台に上っています。
【引用元:TAIVAS MAGAZINE】
また、ソチオリンピックで8位入賞した角野友基さんと共に練習をしていた時もありました。
そして、今でも野村周平さんと角野友基さんは一緒にスノーボードに行く仲だそうです。
ただ、野村周平さんは学生時代は努力という言葉が嫌いで、「スノボーも野球とかもやっていたけど、努力とかは無縁。全て遊びでした。」と語っています。
「学生時代は“努力”って言葉が一番キライだった」と衝撃発言。「努力なんて何もしていないです。スノボーも野球とかもやっていたけど、努力とかは無縁。すべて遊びでした。今の仕事のほうがよっぽど努力していると思います」と朗らかに言い放つ。
【引用元:シネマトゥデイ】
しかし、遊びでもプロ並みのスノーボーダーだったこともあり、芸能界での活躍がなければ、そのままスノーボーダーとしてのキャリアを築いていたかもしれません。
高校時代:高校生活1年は本当に濃く、恋愛ありの青春だった!
野村周平さんは2009年4月、神戸学院大学附属高等学校に入学しました。
神戸学院大学附属高校の思い出として、食堂での食べ物の取り合いや学校帰りの立ち食い、友達とのゲーム、そして先輩に喧嘩を売られたこともあったようで、「高校生活1年は本当に濃かった」と話しています。
また、「一つ上の先輩を好きになり半年つきあって、その彼女と一緒に公園のベンチに座って話したり、まさに青春でした」とも語っています。
「めっちゃ面白かったですね。食堂で食べ物の取り合いしたり(笑)、学校帰りに立ち食いの焼鳥屋や駄菓子屋に寄ったり、友達と一緒にゲームしたり。あと、先輩に喧嘩を売られたこともありました(笑)。商店街に80円のひやし飴が売っているような神戸の下町の学校に通っていたんですが、神戸で過ごしたその高校生活1年は本当に濃かったです。ひとつ上の先輩を好きになって、その後半年つきあって。その彼女と一緒に公園のベンチに座って話したり。まさに“青春”でした!」
【引用元:ぴあ関西版】
そして野村周平さんは、神戸学院大学附属高校に入学後、芸能事務所アミューズのオーディションでグランプリを獲得し、芸能活動を本格化するために高校2年から堀越高校へ転校しました。
しかし、その時付き合っていた彼女と遠距離恋愛となり、しばらくして気持ちが離れて別れてしまい、「ほろ苦い経験ですが青春でしたね」と語っています。
「高校1年の時、付き合っている彼女がいました。でも高校2年で、芸能界の仕事の都合で僕が神戸から東京へ行くことになり遠距離恋愛に。遠く離れていても大丈夫だと思っていたんですけど、しばらくすると気持ちが離れて別れてしまいました……。ほろ苦い経験ですが、青春でしたね」
【引用元:高校生新聞オンライン】
デビューのきっかけは父親が賞金目当てで勝手に応募!
野村周平さんが15歳の時、父親が勝手にアミューズ全国オーディション2009「THE PUSH!マン~あなたの周りのイケてる子募集」に応募していたことを一次審査の合格メールで知りました。
そして、父親に聞くと「賞金出るみたいだから」と言われ、その言葉が笑えて、野村周平さんも「それなら協力しよう」という感じになったそうです。
そうなんですよ! お父さんが僕に何も言わず、勝手に応募していたんです。僕は一次審査に合格したというメールが届いて、初めて知ったんです。それでお父さんに聞いたら「ごめん、ごめん! 勝手に送っとった」と。しかも、その後に言った言葉が笑えて「賞金出るみたいだから」って(笑)。僕も「それなら協力しよう」みたいな感じになりましたね
【引用元:CREA】
この審査の通過連絡がメールで届いた時は「迷惑メールとしか思っていなかった」と語り、その時、父親から「応募したから頑張って150万円とってきて」と応援されました。
審査の通過連絡がメールで届いた時も「迷惑メールとしか思っていなかった」と振り返ったが、父からは「応募したから頑張って150万円とってきて」とエールを送られたという。
【引用元:スポーツ報知】
なお、現在も他薦限定公募があり、グランプリに輝いた方には賞金100万円、その推薦者にも賞金50万円、 準グランプリでも、受賞者に賞金50万円、その推薦者にも賞金25万円が贈られます。
グランプリに輝いた方には賞金100万円。その推薦者にも賞金50万円を進呈いたします! 準グランプリでも、受賞者に賞金50万円、その推薦者にも賞金25万円が贈られます。
【引用元:株式会社アミューズ】
そして最終審査では、野村周平さんはスケボーを持って中国語で自己紹介をし、村上ショージのギャグや美川憲一のモノマネを披露、その後「スケボー持ってますが、今日はやりません。飾りです」と会場を笑わせたそうです。
最終審査の際、野村さんはスケボーを持って登場。特技の中国語での自己紹介や、村上ショージのギャグ、美川憲一のモノマネを披露したあと、「スケボー持ってますが、今日はやりません。飾りです」の一言で会場の笑いを誘っていた。
【引用元:ORICON NEWS】
その後の取材で、なぜ中国語や村上ショージさんのギャグを披露したのかとの質問に、中国語が得意なことと、村上ショージさんが好きだったから「ドゥーン」というネタのマネをしたと話しています。
決勝まで進めることにはなったものの、僕、特技みたいなものがないので、どうすればいいんだろうと思ったんですよ。それでパッと思いついたのが中国語とモノマネでして……僕、中国の血が1/4入っているんで、中国語が得意なんですよ。それから、村上ショージさんが好きだったので、「ドゥーン」というネタのマネをやらせてもらったんですが、まったくウケなくて……。でも、それが逆に良かったみたいです(笑)。
【引用元:CREA】
その結果、アミューズのオーディションでグランプリを獲得、受賞後の取材で「(今日は)父の日なのでプレゼントにもなりました!」と家族の応援に感謝を伝えました。
『アミューズ全国オーディション』の最終審査会を開催した。同オーディションで総合グランプリを獲得したのは、兵庫県出身の野村周平さん(15歳)。
受賞後の囲み取材では「書類審査が通ったという通知がきてはじめて知りました。でも2次審査くらいから“ありがとう”という気持ちに変わった。(今日は)父の日なので、プレゼントにもなりました!」と家族の応援に感謝していた。
【引用元:ORICON NEWS】
のちに、この時父親のせいで人生が変わったと語っていますが、感謝もしているそうです。
野村は「お父さんに勝手に応募をされて、この世界に入っているので、親父に勝手に人生を決められた感はありますね」と切り出すと「150万円の賞金が出るオーディションがあって、カネ目当てで息子を(所属事務所の)アミューズに売ったと。だから、僕の人生が変わったのはヤツのせいですね」とぶっちゃけた。
【引用元:ORICON NEWS】
芸能界デビュー後はトントン拍子にはいかず葛藤!?
野村周平さんは芸能活動のため、上述したように高校2年生の2010年4月から堀越高等学校トレイトコースへ転校しました。
その同級生には、神木隆之介さんなどが在籍しており、神木隆之介さんとは同じ事務所で同じ寮に住んでいました。
同世代の俳優としては「僕、神木隆之介くんとか。本当に同じ学校で同じ事務所で、同じ寮にまで住んでました」と告白した。
【引用元:スポニチ】
転校後、芸能活動を始めましたが仕事が少なく、誰にも相談せず葛藤していたようで、役者を辞めて地元に帰ることも考えましたが、「それでは負け犬だな」と思ったようです。
「仕事が少ない時期があり、誰にも相談せずに葛藤していました。役者を辞めて地元に帰ることも考えましたが、それじゃ負け犬だなって」
【引用元:高校生新聞オンライン】
野村周平さんは当時、芸能界には興味はなかったようで「とんとん拍子で行くと思っていたら全然で」と、仕事があまり無かった時期もありました。
しかし、高校3年生の時、事務所の人に「大学行けば?」と言われ不快に思い、「本気でやろうかなと思ったのが高校卒業のタイミング」と語っています。
当時は芸能界には興味はなかったといい「とんとん拍子で行くと思っていたら全然で。一瞬、高3の時に事務所の人に『大学行けば?』って言われたんですよ。さすがにイラッとして、本気でやろうかなと思ったのが高校卒業のタイミング」と語った。
【引用元:日刊スポーツ】
なお、野村周平さんの高校時代は「人を寄せ付けない一匹狼」で「みんなと触れ合うのは別に大丈夫です」みたいな感じだったそうです。
しかし現在は、「こんなに明るくなったのは実は最近なんです」と言い、「大人になると、いろんなことが許せるようになりました」と告白しています。
意外にも高校時代は「人を寄せ付けない一匹狼だった」という。「こんなに明るくなったのは実は最近なんです(笑)。昔は『みんなと触れ合うのは別に大丈夫です』みたいな感じでした(笑)。大人になると、いろんなことが許せるようになりました」と意外な過去を告白。
【引用元:シネマトゥデイ】
高校卒業後は大学進学せずに芸能活動に専念!
高校卒業後は進学せずに芸能活動に専念しました。
そうすると、「真剣に仕事と向きあうことで、自分の芝居への姿勢や撮影現場での態度が変わり、周りが徐々に認めてくれたのだと思います」と語っています。
「真剣に仕事と向き合うことで、自分の芝居への姿勢や撮影現場での態度が変わり、周りが徐々に認めてくれたのだと思います」
【引用元:高校生新聞オンライン】
そして、米倉涼子さん主演の日テレ系ドラマ「35歳の高校生」で注目を浴び、その後も数多くの作品に出演して、活躍しています。
海外留学は現地のリアルな空気を吸いに行っただけ!?
野村周平さんは、2019年5月末から2020年4月初旬まで、アメリカに語学留学していますが、留学の理由は特に無く、公表するつもりも無かったとのことです。
「留学していたのは去年の5月末から今年の4月頭くらいまでですね。コロナで早まりましたけど、ほんまは5月末くらいまで帰って来ない予定やったんで、そこまでは仕事せえへんぞという謎の意地がありました。向こうでは学校に行ってましたよ。学生ビザですから。渡米したタイミングに理由なんて別にないです。フラッと行こかな、くらいの感じ。別に『行きます』って公表するつもりもなかったんですけど…」
【引用元:まいどなニュース】
そして、海外での活動を目的で留学したわけではなく、ただ「現地のリアルな空気を吸いに行った」とのことで、「この街に住んだという経験が人生の糧になると思い、それを味わいに行った感じ」と言っています。
よく聞かれるんですけど、海外での活動を視野に入れた留学というわけでは全然ないです。むしろ、ただ『現地のリアルな空気を吸いに行った』というのが正しいと思う。『この街に住んだ』という経験が人生の糧になると思ったから、それを味わいに行った感じです。
【引用元:まいどなニュース】
野村周平の父親は野村将希で飲食店の経営者!?
父親は飲食店の経営者で名前は!?
野村周平さんの父親は一般人なので詳しい情報はありませんが、名前は野村茂久さんと言われています。
後ほど下述しますが、野村周平さんの父親は「一兆」という肉まん屋を営んでいたことがあり、その時の事業者名に野村茂久という名前が記載されていました。
なお野村周平さんの父方の祖父母が、兵庫県で「ひょっとこ」というお好み焼き屋を営んでいました。
「ソウルフード」として挙げたのが、故郷でもある神戸で祖母と叔母が営むお好み焼き店「ひょっとこ」の「そばめし」。
「父の方のおばあちゃんとお父さんの妹がやってるんですけど。そこの上に住んでいたので、下に行けばおばあちゃんが作ってくれたり、自分でも作ったり」と幼稚園まで暮らした場所を懐かしんだ。現在の実家も店から歩いて10分ほどの距離だという。
【引用元:スポニチ】
この店は2022年で55周年を迎えた老舗のお好み焼き店で、店内には野村周平さんの写真も飾られ、「安くて美味しい」と評判で、現在は祖母と叔母に加え、父親が引き継いで経営しているという噂はありますが、真偽は不明です。
賞金150万円で肉まん屋「一兆」の経営も閉店!?
上述したように、野村周平さんの父親は、「一兆」という肉まん屋を開店していました。
この店はテイクアウト専門で、メニューには「至高の豚まん」と「但馬牛のぼっかけ肉まん」の2種類がありました。
開店の資金は、上述したように野村周平さんがオーディションで獲得した賞金150万円で、父親は賞金目当てで野村周平さんにオーディションを受けさせ、その賞金を開店資金に充てたそうです。
店内には野村周平さんの写真が飾られ、評判も上々だったようですが、1年も満たないうちに閉店してしまいました。
野村周平さんは「本当にヤツのせいで…。お金を溶かしやがった」と言いつつ、「この場に立てているのは、お父様とアミューズには感謝しております」と感謝を伝えています。
賞金は父に渡したそうだが「それでお店を作ったのですが、そのお店はなくなってしまいましたね」とポツリ。「本当にヤツのせいで…。お金を溶かしやがった」とボヤきながらも「この場に立てているのは、お父様とアミューズには感謝しております」とフォローも忘れず、会場を笑わせていた。
【引用元:ORICON NEWS】
野村周平の父親は野村訓市!?野村将希!?
野村周平さんの父親について、マルチクリエイターの「野村訓市」や俳優の「野村将希」という噂があります。
ただこの噂は完全なる誤報です。
この誤報は、名字が同じ「野村」であることや、2ショット写真が投稿されたことなどが原因です。
なお野村将希さんの長男はサッカー選手の野村政孝さん、次男は俳優の野村祐希さんで、次男は野村周平さんと同じ俳優をしているので、誤解をより招いたのかもしれません。
また野村訓一さんの妻はモデルの佐田真由美さんで、2008年に結婚し、娘が2人いるということで、そもそも野村訓一さんの結婚時には野村周平さんは15歳なので、完全なる誤報です。
野村周平の母親は中国人ハーフで超自由人!?
母親は中国人とのハーフで中華料理店「東光」を経営!
野村周平さんの母親は中国人とのハーフであり、上述したように野村周平さんはクォーターです。
野村周平さんの母親は一般人なので詳しい情報はありませんが、実家の飲食店、中華料理店「東光」を経営しています。
このお店は地元でも非常に評判が高く、食べログの評価もとても良いです。
野村周平さんの母親はキレると怖い?掃除機でぶん殴られた!?
野村周平さんは母親について、「キレたときは包丁を持ってくるんで、母ちゃんが」と語っています。
また野村周平さんの兄が服をたたまなかった時、母親は服をゴミ箱に捨てるそうで、それに対して兄が怒ると母親は「テメエが悪いんだろ、このやろう」と喧嘩をしていたそうです。
MCの加藤浩次から「お母さんはどんな人?」と聞かれると「キレたときは包丁を持ってくるんで、母ちゃんが」と紹介。「は?」と驚く加藤に詳細を説明した。 「怖いんですよ。よく兄貴とケンカしてるんですよ。兄貴が服をたたまなかったりすると、まず1回服をゴミ箱に捨てるんです。たたまないということはいらないってことだろ。それに対して、兄貴がキレるんですね。すると、母ちゃんが包丁持って、『テメエが悪いんだろ、このやろう』ってケンカしてましたね」
【引用元:デイリースポーツ】
そして、野村周平さんも母親から「最低、掃除機でぶん殴られましたね、背中」と話しています。
なお現在の母親との関係については「いまは最高に仲良いです」と笑顔で話しています。
「僕は(その間)テレビの音量上げてテレビ見てましたね」と事態から目をそらすように生活していたという野村。自身も「最低、掃除機でぶん殴られましたね、背中」と包丁ほどではないにしても、武器で叱咤されていたと明かした。 加藤らは「えらい家庭だったね」とねぎらわれ、「いまは最高に仲良いです」と笑顔を見せた。
【引用元:デイリースポーツ】
野村周平の母親は若い男とキス!?服の露出度がかなり高い!?
野村周平さんがフジテレビ系『人志松本の酒のツマミになる話』で語ったエピソードで、野村周平さんの兄が高校生の時、両親は離婚したそうです。
離婚後の話ですが、野村周平さんの兄が「母親がすごく若い男とずっとキスしてた」というのを見たそうですが、野村周平さんは「そういうオカンが好きなんで。ずっとやってて欲しいなと思いますけどね」と母親に対する愛情を語っています。
「オカンがずっとパリス・ヒルトンに憧れてる」と母親について口を開いた野村は、「兄貴いるんですけど、兄貴が高校生かな?その時(両親は)離婚してたんですけど、インターフォンが鳴って兄貴が出たら玄関まで走り出して。何があったんかなってインターフォン(画面)見たら、オカンがスゴく若い男とずっとキスしてた」と母親の豪快な行動に驚いたことを告白。 「何やっとんねん」と母親に詰め寄る兄に対して、野村は「どっちかっていうと兄貴の方がそんなのどうでもええ感じかと思ったら、俺の方がオカンのそういうの許せるタイプなんやって」と笑ってしまったそうで、「そういうオカンが好きなんで。ずっとやってて欲しいなと思いますけどね」と母親愛を語った。
【引用元:モデルプレス】
また、母親は海外ドラマ「SEX AND THE CITY」が好きで、野村周平さんの友達が公園で野村周平さんの母親に会った時、その母親の服装がかなりの露出度だったそうです。
野村周平の兄はプロスノーボーダーで現在は建設関係?
野村周平さんの兄は2歳年上の1991年生まれ(2024年で33歳)で名前は野村和平さんです。
プロスノーボーダーであり「兵庫を代表する超攻撃的ライダー」として有名で、スノーボードの技術とスタイルが非常に攻撃的であると評価され、「西日本の異才」とも呼ばれています。
そして、ニックネームは「カズHEY!」で、弟の野村周平さん同様に甘いマスクを持つイケメンです。
野村和平さんは、幼い頃から弟の野村周平さんと一緒にスノーボードを練習してきました。
大人になってからも兄弟で一緒にスノーボードを楽しむことがあり、野村周平さんのInstagramには兄弟がスキー場でスノーボードを楽しむ写真が投稿されたこともあります。
俳優の野村周平(23)が7日、自身のインスタグラムを更新し、イケメンとして知られる実兄とのツーショット写真を披露した。野村家の家族仲の良さはファンの間では有名だが、それを裏付けるように今年1月にある一枚の写真がインスタグラムに投稿され、ファンを喜ばせた。それは、スキー場でスノーボードを楽しむ野村と兄とのツーショット写真。投稿には「久々に兄貴と滑った」とコメントが添えられていた。
【引用元:ライブドアニュース】
この投稿には、多くのファンから「お兄さんかっこいい!」や「イケメン兄弟」などのコメントが寄せられました。
野村和平さんのスノーボードスタイルは非常に攻撃的であり、氷上でスケートボードのような大胆かつ繊細な滑りを見せます。
大ジャンプも迫力満点で、その技術に多くのファンが魅了されています。
2017年からはNOWというチームに所属し、「フリーライド色が強いNOWのイメージを変えていきたい」と強気な発言をしています。
俳優の野村周平を弟に持つ和平は、甘いルックスとは裏腹に超攻撃的なライディングスタイルが武器。「フリーライド色が強いNOWのイメージを変えていきたい」と語るように、アグレッシブなフリースタイルスノーボーディングをこれまで以上に発信していく覚悟だ。
【引用元:BACK SIDE】
兄の野村和平さんは弟の野村周平さんから非常に尊敬されており、見た目も似ている2人は、ファンからも仲良し兄弟として知られています。
2018年以降、野村和平さんに関するニュースは少なく、現在の活動内容は不明ですが、2024年5月のinstagramの投稿では建設業の求人募集をしていることから、建設関係の仕事に就いていることが考えられます。
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野村周平の祖母はそれぞれお好み焼き屋と中華料理店で働く元気な人!
野村周平さんの父方の祖母は孝子さんといい、80代で上述したように「ひょっとこ」というお好み焼き屋で働いています。
野村周平さんはTBS系「人生最高レストラン」で初めて祖母の名前を知ったといい、「ずっとおばあちゃんって呼んでたんで…おばあちゃん、そんな名前だったの!?って。孝子かあ…孝子っぽくねえなって思いました」と笑いを誘いました。
祖母の孝子さんは80代ながら現役で店に立っており、感心の声が挙がる中、野村は「さっきこのV見ておばあちゃんの名前知りました」とぶっちゃけ。「え?!」と驚くスタジオの面々に「ずっとおばあちゃんって呼んでたんで…おばあちゃん、そんな名前だったの!?って。孝子かあ…孝子っぽくねえなって思いました」と率直すぎる感想を述べて爆笑を誘った。
【引用元:スポニチ】
また、映画「ビブリア古書堂の事件手帖」の舞台あいさつで、実家であるお好み焼き屋の祖母のそば飯が最高と伝えると同時に、母方の祖母の中華料理店「東光」の五目焼きそばが、とても美味しいと宣伝しています。
神戸出身の野村は「実家がお好み焼き屋で、おばあちゃんのそばめしは最高。もう1人のおばあちゃんは中華料理屋で、僕、食にはうるさいんです」。勢いに乗って「ちょっと宣伝」と中華料理店の店名を明かし「五目焼きそばが、めちゃめちゃうまい!ぜひ!」とPRした。
【引用元:デイリー】
野村周平の家族構成まとめ
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家族 | 詳細 |
父親 | 野村茂久。父方の祖父母が営むお好み焼き店「ひょっとこ」を引き継いで経営?また、野村周平さんがオーディションで獲得した賞金150万円で肉まん屋「一兆」を開店したが、1年も満たないうちに閉店。父親は賞金目当てでオーディションに応募させた。 |
母親 | 中国人とのハーフで中華料理店「東光」を経営。キレると包丁を持ってくるほど怖い一面もあるが、現在は野村周平さんと仲が良い。パリス・ヒルトンに憧れ、露出度の高い服装をすることもある自由奔放なキャラクター。 |
長男 | 野村和平(1991年生まれ)。プロスノーボーダーで「兵庫を代表する超攻撃的ライダー」として有名。現在は建設業で働いている可能性。甘いマスクを持つイケメンで、弟の野村周平さんと仲が良く、一緒にスノーボードを楽しむこともある。 |
次男 | 野村周平(1993年11月14日生まれ)。俳優。1997年4月に神戸華僑幼稚園に入園し、神戸中華同文学校小学部、中学部、神戸学院大学附属高等学校を経て、堀越高等学校トレイトコースに転校。スノーボードや野球、水泳など多才な子供として育つ。 |
祖父 | 詳細情報なし。父方の祖父母が「ひょっとこ」というお好み焼き店を営んでいた。 |
祖母 | 父方の祖母:孝子さん。80代で現役でお好み焼き店「ひょっとこ」で働いている。母方の祖母:中華料理店「東光」を経営していた。野村周平さんが大好きな「五目焼きそば」が評判。 |